「感覚ゴルフ」から「スポーツ科学的ゴルフ」の時代へ Vol.8

【著者】鈴木タケル(日本プロゴルフ協会会員)、
    一川大輔 (東洋大学 理工学部生体医工学科)
【監修】坂井昭彦(The 蔵ssic)

●テーマ:狙いPutter aim
「自分に見えているカップセンターは、センターではない可能性がある」


 前回までに、パッティングパフォーマンスを決定する要因の大部分を説明し、パッティングについての本質が明確になってきました。
今回は、目標に向かって狙いを定める上で起こる知覚及び認知の特異性について説明します(引用1図1)。
ボールの飛び出し方向は、インパクトでのクラブフェースの向きが約80%決めるとはいえ、そもそも狙う方向にズレが生じている場合はミスパットをしない限り狙った方向にボールを打ち出すことはできません。
自分ではまっすぐにクラブフェースやスタンスを合わせているつもりでも多くの人が方向を誤ってしまう、ゴルフパッティング特有の複雑な原因を説明していきます。



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図1 パッティングパフォーマンスを決定する主な要因モデル(文献(1)p7より引用改変)




初心者ではアドレスでのフェース向きは右を向きやすく、しかも打ち出し方向も右にミスする結果が

「擬似的な無視:Pseudoneglect(スードーネグレクト)」
 アドレス時のクラブフェースの向きと打ち出し方向との関係を調査した先行研究が示していることは、初級者ではアドレスでのフェース向きは右を向きやすく、しかも打ち出し方向も右にミスする結果となっています(引用2)。
練習量の少ない初心者のほとんどが右向きフェースのアドレスから右方向へ打ち出すという結果から、元来ヒトが備える知覚認知機能が発揮された場合、このような結果になりやすいことはむしろ正常といえます。
著者同様に日本ゴルフ学会に所属する緒方貴浩氏(帝京大学)は、ゴルフのような複雑な課題ではなく、単純な課題においても、中心を誤って知覚することはあると説明しています。
知覚や認知についての研究をおこなう緒方氏によれば、紙の上に書いた15cmの直線を真ん中から2等分する課題を行った場合、多くの人は、わずかに正確な中心より左側に印をつけるバイアスを持っていると教示しています(引用3図2)。
左方向へのズレはわずかですが対象者に一貫して見られ、15cmの線分右側をさながら無視しているような現象から「Pseudoneglect:疑似的な無視」と呼ばれています。
なぜ、この現象が起こるかについて興味ある方は、樋口貴広教授(首都大学東京)のブログにある引用リンク①をご参照ください。
また、Pseudoneglect:疑似的な無視は、近位と遠位ではバイアス方向が異なることも明らかにされています。
15cm線分を2等分する近位での課題とは対照的に、4m先の1.5m間隔のポールの中心にサッカーボールをキックした場合や4mのスティックを使用して中心に印をつけた場合など、手の届かない遠位に及ぶ課題では逆に右側にズレることが報告されています(引用4図3)。
ゴルフでは、他のスポーツと違いターゲットに対して正対していないこと、右利きのゴルファーであればカップの情報は身体の左側にあり、さらに網膜の基準系も移動してしまうことも右向きになることに何らかの影響を与えているかもしれません。
しかし、先行例が示すように例えターゲットに正対した遠位の課題でも右側に認知してしまうことが、ゴルフでの右向きアドレス、右方向への打ち出しとなる多くの原因ではないかと推測されます。



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図2 15cmの線分を鉛筆で中央から2等分する課題ではわずか左に印をつける傾向がある(文献(3)参考)



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図3 手の届かない遠位では対照的に右側にズレる傾向がある(文献(4)参考)



「熟練者の方略」
 熟練者では、右に向きやすいというヒト本来の認知機能を克服するための方略を本人も気づかないうちに選択してきたとも考えられます。
1つは、そもそもの認知がズレないタイプが存在することです。
先行研究では音楽家など右脳領域が活発と考えられる人は2等分課題においても必ずしも大きくズレないことを報告しています(引用5)。
2つ目に、初級者のころは右に認知していた場合でも度重なる学習により、徐々に右向きバイアスが消失に向かったことも考えられます。



「初級者の方略」
 まず、普通に何も意識しないでアドレスをおこなったらヒトは右を向きやすいという習性を理解することです。
そのため、自分の思う真っすぐというものを修正しようとは思わず、結果からのフィードバックを重視していくことが大切です。
例えば、2m距離において真っすぐ狙っても右に10cmズレてしまうのであれば、左に10cm狙って調整するようにします。
この度合いは、日によって5cmかもしれませんし、ある日はまったく調整を必要としない時もあるかもしれません。
このような調整を繰り返すことで多くの熟練者が通ってきたように次第に誤差の少ない認知ができるようになると考えられます。



「実践への応用」
 先に紹介したサッカーボールをあるターゲットに対してキックした研究では、ポールとポールの間を狙った場合には右側にズレる結果を示しましたが、ポールを1本だけ設置して狙った場合には、左右のミスに統計的な偏りはなかったと報告しています(引用4)。
これをパッティングに応用し、ストレートなラインを仮定するならば、カップの右端と左端のセンターを狙うのではなく、2019年ルール改正に伴うかのようにカップ中心のピンを狙って打つと方向の誤差を少なくできる可能性があります。
より遠い距離を狙う場合や、グリーンの中心を狙うショット、さらには木と木の間を抜くようなショットでも、知覚する中心にあわせて狙うよりも、地面や背景などから目印を1つに決めて打つことで右方向への傾倒的な誤差を少なくすることができるのではないかと思われます。



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イメージ図



引用文献
(1) Karlsen, J. (2010). Performance in golf putting. Dissertation from the Norwegian school of sport sciences.
(2) Van Lier, W. H., Van der Kamp, J., & Savelsbergh, G. J. P. (2011). Perception and Action in Golf Putting: Skill Differences Reflect Calibration. Journal of Sport & Exercise Psychology, 33(3), 349-369.
(3) Jewell, G., & McCourt, M. E. (2000). Pseudoneglect: a review and meta-analysis of performance factors in line bisection tasks. Neuropsychologia, 38(1), 93-110.
(4) Nicholls, M. E., Loetscher, T., & Rademacher, M. (2010). Miss to the right: The effect of attentional asymmetries on goal-kicking. PLoS One, 5(8), e12363.
(5) Patston, L. L., Corballis, M. C., Hogg, S. L., & Tippett, L. J. (2006). The neglect of musicians: Line bisection reveals an opposite bias. Psychological Science, 17(12), 1029-1031.



引用リンク①
樋口貴広教授(首都大学東京:知覚運動制御研究室)
セラピストに向けた情報発信 「健常者の線分二等分課題は正確か?-Pseudoneglect」
http://www.comp.tmu.ac.jp/locomotion-lab/higuchi/therapist/info29%20Pseudoneglect.html



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エビデンスGolf(ジュニア編)