「感覚ゴルフ」から「スポーツ科学的ゴルフ」の時代へ Vol.12

【著者】鈴木タケル(日本プロゴルフ協会会員)、
一川大輔 (東洋大学 理工学部生体医工学科)
【監修】坂井昭彦(The 蔵ssic)

●テーマ:非利き手側には様々な可能性がある
―プロvsアマの左右打ちパッティング比較研究(世界ゴルフ学会採択論文)から―


 利き手に関しては世界中どこの国でも左利きの割合は約10%と報告されています(文献1)。しかしながら、対戦型種目(格闘技、ラケットスポーツなど)では左を採用する率は10%を大きく上回り過剰な左利きの出現がみられます。対照的に非対戦型種目(ダーツ、カヌーなど)では、過剰な左利きの出現は報告されていません(文献2)。ゴルフに至っては道具の問題もあり、2017年ヨーロッパツアーのデータでは、99.3%が右打ち選手が占め、左打ち選手は1%にも満たないと以下の動画で紹介されています。ゴルフでは、利き手の割合から比較すると過剰な右打ちの出現といえる代表的な種目といえます。動画内ではマキロイ、ファウラーなど有名選手の左打ちスイングがみられ、巧く打てる選手もいますが、まったく打てない選手もいて様々です。


「The Left-Handed Challenge」 引用 European Tour

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 このように非常に興味深い左右打ちに関して、著者らは興味があり、まずは近距離での左右打ちのパッティング研究を行いました。この研究論文は、世界ゴルフ学会に採択されオープンジャーナルとして世界中のゴルフ研究者が読むことができます。今回は、研究概要を簡単にご紹介いたします。



◇科学雑誌名
International Journal of Golf Science
www.golfsciencejournal.org

◇論文名
A comparison of stroke distance error from dominant and non-dominant putting stance in professional and novice golfers
https://www.golfsciencejournal.org/article/7732-a-comparison-of-stroke-distance-error-from-dominant-and-non-dominant-putting-stance-in-professional-and-novice-golfers


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研究概要
■題名
「プロと初級者における優勢側スタンス(右)と非優勢側スタンス(左)の距離誤差比較」

■研究内容
プロ9人と初級者11人に対して、右打ち(優勢側)と左打ち(非優勢側)で2m距離を5㎝四方の四角の目標にボールを停止させる課題を設定した(図1)。右打ち15回 左打ち15回を1球ごと交互に打ち 合計30球のテストを行い、1日に30球を4日間続け、1人につき合計120球を分析した。

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図1 左右スタンスでの実験設定



■結果
プロの右打ちと左打ちにおいて、方向の誤差と距離の誤差に統計的な差がなかった。むしろ2m距離で目標に近づけるという課題では左打ちの方が目標に近づけることができていた(図2下段)。右打ちと左打ちの違いは、右打ちでは、目標をオーバーさせる割合が多かった(85.9%, 約20㎝)。これに比べ左打ちでは、オーバー59.4%(約15㎝)、ショート40.6%(約15㎝)とあまり差がなかった。プロの右打ちだけに高い確率で目標をオーバーさせてしまう現象が現れた(図2上段)。また、4日間練習を続けることでプロの左右打ちともに2日目以降結果の向上が見られた。

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図2 左右打ちでの実験結果

上段 右打ち(Dominant putting stance)の初心者(NG)とプロ(PG)
下段 左打ち(Non-dominant putting stance)の初心者(NG)とプロ(PG)
※目標よりオーバーした(Positive)赤と青で表示
 目標よりショートした(Negative)白で表示



■実践への応用
イップス対策
イップスなどの運動障害に罹患した場合、パットであればプロならば比較的早く左打ちに転向できる可能性があります。過去の論文によるケースレポートでは、右打ちのプロゴルファーがイップスとなり、心理療法や薬物投与では改善しなかったが、パッティングを左打ちに変更したところ、一過性ではあるが障害を消失したという事例報告があります(文献3)。

アンダーシューティング現象対策
プロであっても無意識的に目標よりもオーバーさせてしまう、主観と客観のズレが生じていました。プロのプロらしい技術とは、わずかに目標をオーバーさせることができる運動制御を身に付けていることともいえます。これは、VOL9で紹介したプレッシャー下で起こる、インパクトでのクラブヘッドスピード低下「アンダーシューティング現象」に対する対抗処置の可能性が考えられます。プレッシャー下で狙いよりも僅かにショートしやすいことを見越して普段から狙ったところより僅かにオーバー目に打つように無意識に調整している可能性が推察されます。

利き側交換の可能性
特に初心者ならば右打ちと左打ちには差がなく、容易に優勢側交換が可能であり、本人の主観的な打ち易さに関係なく結果は同じだったため、右打ちに拘らずショットとパットで右打ち左打ちを使い分けてもルール上の問題はありません。事実、ショットは右打ち、パットは左打ちでUSPGAツアーにおいて勝利を挙げているノタ・ビゲイという選手が有名です。

左右打ち練習の効果
プロでは、右打ち左打ちを交互に練習をすることで結果の向上が双方にみられています。また少なくとも左右打ち練習の悪影響はないため、パットでの左右打ち練習を行うことでフォームの改善やテンポとリズム、距離調整能に及ぼす影響など個人で感じる効果を実感しながら左右の練習を行うことを推奨します。



引用文献
1) Richardson, T., & Gilman, R. T. (2019). Left-handedness is associated with greater fighting success in humans. Scientific reports, 9(1), 1-6. 2) Florian Loffing ,Florian Sölter,Norbert Hagemann(2014)Left preference for sport tasks does not necessarily indicate left-handedness: sport-specific lateral preferences, relationship with handedness and implications for laterality research in behavioural sciences. 3) McDaniel, K. D., Cummings, J. L., & Shain, S. (1989). The “yips”: a focal dystonia of golfers. Neurology, 39(2), 192-192.





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エビデンスGolf(ジュニア編)