エビデンスゴルフWEB版 マネージメント編 Vol. 22

【著者】鈴木タケル(日本プロゴルフ協会会員)
    一川大輔 (東洋大学 理工学部生体医工学科)
【監修】坂井昭彦 (The 蔵ssic)

●テーマ:コース上でのリスク管理はどうしていますか?
リスク志向型 or リスク回避型


はじめに

   ゴルフゲームにおいて、林のスレスレまたは、池のギリギリを狙いティーショットを試み成功すればよりゲームが有利に働くことがあります。一方、失敗をするとトラブルの原因となってしまうことがあります。同様にセカンドショット以降でも池やバンカーの近くにピンがある場合には、リスクを承知でピン方向を狙うのか?または、池やバンカーに入りトラブルになるリスクを回避して、ピンとは遠い方向(ロングサイド)を狙う場合もあります。パッティングをおこなう際のグリーン上でも3パット覚悟で強めに狙う方法もあるし、1パットできる確率は減少するものの距離を合わせて2パットを狙う方法も存在します。
   このようにゴルフでは、毎ショットごとに最高の結果とトラブルとは隣り合わせにあり、良いスコアを出すためには、様々なリスクがあるなかでも適切にプレー戦略を決定し、選択していくことが重要となります。もし成功すれば好スコアに繋がりますし、対照的に安全に狙いすぎるとトラブルは少ないものの好スコアは期待できません。

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   例えばよくグリーン上で起こる問題として次のようなことがあります。3mの下りのバーディパットにおいてカップインを狙いにいった結果、オーバーして3パットになってしまいボギーとなってしまった。同様の状況で、対照的にパーを狙い2パットを狙っていった結果大きくショートし、3パットになりボギーとしてしまった。両方のケースでの似たような経験を皆様も体験してきたことがあると思います。このような場合、どちらが正解だったのでしょうか?おそらく、個人のレベルやその日のコンディションなどによって正解は異なってくると思います。しかしながら、ここで問題として取り上げたいことは、どちらの戦略を選択したのかということです。つまり、リスク承知で狙った目標設定なのか、リスクを回避して狙った目標設定だったのか、どちらを選択したのか?ということです。このような、リスク下においての目標設定に個人ごとに何らかのバイアス(偏り)や、もしくは癖があるとしたら、それを理解することでプレーの質を変えることができそうです。
   本項では、このバイアスが個人のベストパフォーマンス発揮を妨げる要因になっているかどうかを調査し明かにした論文を紹介します。著者らが研究面でもご指導頂いている工藤和俊教授(東京大学大学院情報学環、大学院総合文化研究科兼担)が2016年11月に「Scientific Reports」にて研究発表された論文です。タイトルにある「サブオプティマリティー(次善最適性)」とは、「最適より下の、あるいは最適に届かない」という意味で、この研究では「練習しても最適な狙いどころが見つけられない」という文脈で用いられています。ここではゴルフとは一端離れて、リスク感受性に関わる認知バイアスが運動学習に与える影響について説明し、ゴルフへの応用に役立てていただきたいと考えます。。ゴルフ種目以外を実験課題に扱った研究ではあるがその研究結果は非常に興味深いといえ、タイミングに合わせてボタンを押すという単純設定課題を用いた研究である。


論文名

運動実行におけるサブオプティマリティーは9日間2250回の練習を通しても維持される

研究参加者

合計15名:男性12名・女性3名
平均年齢:21.3±3.9


方法

リスク条件下での一致タイミング課題

課題開始後、2.3秒に合わせてボタン押しを行う。
ただし、ボタン押しのタイミングが2.3秒に近い程高得点(最高100点)を得られるが、少しでも2.3秒を超えると0点となるルール(図1)。
1 試行ごとにパフォーマンス結果(得点)のフィードバックが与えられる
50回の総得点ができる限り高くなるように測定が行われた。
50回の計測を1日に5セット行い、9日間で合計2250回の測定が行われた。


結果

   練習によりボタン押しのタイミングのバラツキが減少し、正確性が向上していくという点では学習が認められました。なお個人におけるボタン押しのタイミングには2つのタイプが存在した(図3)。1つ目のタイプは、学習初期のバラツキが大きい小さいに関係なく、バラツキが減少しても2.3秒ギリギリを狙うリスク志向型(図3参加者1:青枠)。2つ目のタイプは、バラツキの減少に伴って高得点狙いに変更をしていくのだが最適な反応時間よりもリスクを避けている傾向がみられる、リスク回避型(図3参加者2:緑枠)。ボタン押しのタイミングのバラツキは9日間2250回の練習によって正確性が向上したにも関わらず、適切に目標を定めるという点では、必ずしも学習が進んだ結果にはならなかった。リスク志向的な方略を取るか、リスク回避的な方略を取るかについては改善されにくい性質をもつことが報告されました。この研究の成果は個人の持つ目標設定の特性が人間の運動スキル学習の障壁となる可能性を示唆しています。


□実は同じ狙い方で失敗していた

   これまで研究の分野では選手がどこを狙っているのかを調べることは非常に困難でした。野球のピッチングやゴルフの打球方向などは結果として測定することができていますが、そもそもどこを狙っていたか?を調査することは難しいことでした。目標設定の方法は、ゴルフではスコアに直結するとても重要なことです。この論文では個人の目標設定の傾向は、9日間で合計2250回の反復練習のみでは改善されないことを報告しています。しかも、パフォーマンス結果に関するフィードバックを与えられていたとしても困難でした。つまり、ゴルフに例えた場合、コースで考えられる様々なリスクに対して同じリスク管理の傾向で対処していたことになる。この論文では、ボタン押し課題とコースでのリスク対策傾向を比較したわけではないので、この2つが全く同じと考えてよいとまでは言えないまでも、リスク対策の傾向は頑健でなかなか変えられないことは間違いなさそうです。つまり、私たちゴルファーはその時々で最良の判断をしてリスクに対処しているつもりだが、実は同じ傾向で対処していたのかもしれません。もちろんそれは、失敗も成功も両方をもたらします。それでは失敗を例に出して考えてみたいと思います。リスク志向型のプレーヤーは、攻撃的にプレーし過ぎてトラブルになることが多く、対照的にリスク回避型のプレーヤーは、トラブルを避けようとし過ぎてトラブルになってしまうというプレースタイルが目に浮かびます。実はこのようなことは、両方起きていたわけではなくどちらかに偏ってトラブルとなっていたのかもしれません。



□活用法

   最初に述べたように最高の結果とリスクが隣り合わせの状況はゴルフでは避けては通れない問題である。このような状況に対して、最良な狙いどころを自らが学習して改善していくことが非常に困難であることが理解できたと思います。このような狙いどころ決定の習性が上達の障壁となることもあり得ます。まずは、読者の皆様は、ご自身がどちらのプレースタイルなのかを理解することから始め、たまには違うプレースタイルでの練習も試して頂きたい。また、指導者やティーチングプロは、指導する選手の普段のプレー観察から彼らのリスク特性に応じ指導をおこなえることが理想である。リスク志向型の選手には、攻撃的なプレーになり過ぎないように注意を払い、リスク回避型の選手には、自信をもたせ積極的に狙わせることも必要になるだろうと考えます。

以下の資料は同論文和文解説より引用

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謝辞
この研究論文の詳しい説明と校閲を賜りました、工藤和俊教授(東京大学大学院情報学環・学際情報学府)に心から感謝申し上げます。
http://www.dexterity-lab.c.u-tokyo.ac.jp/

引用論文
Ota, K., Shinya, M., & Kudo, K. (2016). Sub-optimality in motor planning is retained throughout 9 days practice of 2250 trials. Scientific reports, 6: 37181.



監修および測定協力施設
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