エビデンスゴルフWEB版 マネージメント編 Vol. 23

【著者】鈴木タケル(日本プロゴルフ協会会員)
    一川大輔 (東洋大学 理工学部生体医工学科)
                  樽谷恭明   (株式会社スポーツラボ, 日本プロゴルフ協会会員)
【監修】坂井昭彦 (The 蔵ssic)

●屋外酷暑環境下におけるスポーツ活動での安全対策の実態
~2020東京五輪ゴルフ競技を回顧する~


はじめに

   1964年東京五輪の場合は、開催時期を決定するにあたり米国からは10月は学生が参加できる期間ではないと苦言があったが、総合的判断で日程決定した経緯が残っている。梅雨の影響も懸念されたが、最終的にほぼ晴天が続き成功裏に終わった大会となったという報告がある(舛本,2014:論文2)。しかしそれから半世紀以上経った現在、その競技レベルや規模の大小に関わらず、世界中の生理学者らがいくら東京都7-8月において暑熱環境でのリスクが極めて高い(表1)という警鐘を鳴らしても大会主催者側の安全意識に未だに反映されていないことは非常に残念なことである。

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   東京五輪の立候補ファイルには、「この時期の天候は晴れる日が多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」と大会理事らが世界各国にてプレゼンを行ったとの報告がある(NHK一般サイト,2021: WEB資料1)。しかしながら蓋を開けてみれば、マラソン・競歩を大会直前に北海道へ開催場所を変更し、さらに開始時間の繰り上げするなど大会関係者らは暑熱対策に大変な変更を強いられたことを確認している。そして世界のトップアスリートが音を上げるような高温・多湿の環境下、男子テニスに出場していたノバク・ジョコビッチ選手はあまりの酷暑のために、「夕方から深夜までの試合時間に変更すべきだ」という提言を行った。その後国際テニス連盟を通じて大会運営面での改善が検討された。なお五輪期間に選手・関係者のうち150名(うち選手59名、ボランティア91名)が熱中症を疑われる症状を呈し、緊急搬送者は8名(うち選手は6名:2名は重症に当たる熱射病)であったという東京五輪・パラリンピック組織委員会からの事後報告が存在する(読売新聞HP: WEB資料2)。しかしながら、それらの事態がどの競技会場で発生したかは個人の特定に繋がるためか、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会公式報告書内では詳細は公表されていない(WEB資料3)。

   このように五輪史上最も過酷な大会となると様々な有識者から事前警告があったにも関わらず、大会主催者が熱中症に対する正常性バイアスを働かせ、ヒトの命と健康を無視した開催日程を決定したため、国民機運に多大なる影響を与えたと考えられる。仮に無観客開催にならなければ膨大な熱中症患者が発生したことは予想に難くない。

□ 研究エビデンス:紫外線(Ultra violet: UV)の影響を一番受けるスポーツ種目は何か?

   図1は、オリンピック種目ごとにおけるUVの暴露量を示しています(Downs., et al. 2021: 論文2より改変引用)。この内容を確認すると、テニスとゴルフが突出してUVの暴露量が多いことが分かります。最も曝露量が多かったのはテニスであり、男女シングルス・ダブルス・ミックスダブルスの5種目のみですが、屋外での各種目の競技時間が長いことが特徴です。一方、陸上競技(Athletics)も多いように見えますが、カラーで分類したイベント数(種目の数)が多いことも、曝露量の総量に影響しているといえます(なおマラソン・競歩などは競技時間が非常に長い)。


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   ゴルフは埼玉県川越市の霞ヶ関カンツリー倶楽部にて、男女2種目のストロークプレイ形式で男女4日間ずつ開催されました(図2)。ゴルフは通常1位のみを決める競技でありますが、五輪では金・銀・銅メダルを確定する必要があり、松山英樹(日本)、潘(台湾)、モリカワ(米国)、マキロイ(アイルランド)、ケーシー(英国)、ペレイラ(チリ)、ムニョス(コロンビア)の7人による銅メダルとかけたプレーオフとなり、追加の競技時間がかかる中で潘選手が銅メダルを獲得した。なお、暑さ指数(WBGT)は32を超え、何名かのキャディが熱中症を呈していたこと(WEB資料4)、また日本チームはアイスベストやシャーベット状の氷飲料(アイススラリー)などでの対策をしたことが報告されています(WEB資料5)。

   実際にゴルフ競技のボランティアスタッフとして五輪参加した樽谷恭明氏(株式会社スポーツラボ、日本プロゴルフ協会)の報告は、コース上だけでなくホール間のインターバルでも日陰の場所は少なかったそうです。また、霞ヶ関カンツリー倶楽部のコースはフラットだが、ホールごとのインターバルは上り斜面の所もあり、その影響で選手やキャディが体力を消耗してたことを確認しています。またドライビングレンジでも日陰のエリアが少なく、日陰を選んで練習する選手が多かったようです。多くのスタッフは定点での役割が与えられたため、移動による体力消耗はなく日陰にいる時間も確保できたが、仮に観客(2020大会は無観客だった)が選手のプレーを観戦するために移動していた場合を想定すると、数名のキャディと同じように熱中症になる観客が多く出てきていたのではないかと感じる猛暑だったと回顧されています。

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□考えるべきこと

   US-PGAツアーが毎年1月から始まるということを考えると、ゴルフ・テニス・陸上競技のマラソン等の長距離種目および競歩等は冬季五輪に種目を移転する議論を早急に進める段階であるのかも知れない。一方で屋内種目は近年のアリーナ・体育施設の環境整備により、非常に快適な環境温でプレーすることが可能となってきている。また、東京(2022)に続く、パリ(2024)・ロス(2028)の夏季五輪はすべて北半球での開催となる。その後は南半球で夏季五輪を進めることも良いかも知れない。いずれにしても、世界中の研究者が環境情報の予測的データに基づき、東京五輪開催の危険性を論文で数多く発表していました。しかしながら、IOCおよび招致委員会は、そのような声には耳を貸さず様々な選択肢がありながらも開催に踏み切っている。

   一方で、我々のような一般市民レベルが関与できるスポーツ大会では、運動生理学のエビデンスに基づき、もっと自由度を持ちながらも、きっちりとしたガイドラインの策定した形でのスポーツイベントの遂行はできるはずである。次の項では身体の暑熱環境における生理反応について理解し、未来のスポーツのあり方を検討する。

引用論文
1) 舛本直文・本間恵子(2014). 無形のオリンピック・レガシーとしてのオリンピックの精神文化. 体育・スポーツ哲学研究, 36(2), 97-107.

2) Downs, Nathan J., et al. "Biologically effective solar ultraviolet exposures and the potential skin cancer risk for individual gold medalists of the 2020 Tokyo Summer Olympic Games." Temperature 7.1 (2020): 89-108.

WEB引用
1) オリンピック 高温多湿 アスリートからは苦言/NHKスポーツ
2) 東京五輪で熱中症、救急搬送された関係者は8人…選手2人は重症の「熱射病」
3) 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会公式報告書
4) 猛暑との闘いだった東京五輪ゴルフ/ゴルフグローバル
5) 暑熱対策に「アイススラリー」=胃腸への負担少ない冷却飲料/JISS (国立スポーツ科学センター)



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