エビデンスゴルフWEB版 マネージメント編 Vol. 24

【著者】鈴木タケル(日本プロゴルフ協会会員)
    一川大輔 (東洋大学 理工学部生体医工学科)
                  樽谷恭明   (株式会社スポーツラボ, 日本プロゴルフ協会会員)
【監修】坂井昭彦 (The 蔵ssic)

●暑熱条件によるパフォーマンス低下に対する理解


□体温調節機構

   コロナ禍において、人類はかつてないほど平常体温をあらゆる場所(家庭・職場・学校・病院・スポーツ・エンタメ会場等・・・)で常にモニタリングされ行動を厳しく制限された。しかしながら、見方を変えると医者や生理学者でもない一般人は、体温をこれまで以上によく理解するきっかけとなったのではないだろうか?
   さらに日々の天候に目を向けると東京では真夏日(30°以上)が2ヶ月以上続き、外気温と暑さ指数(WBGT)を毎日スマホやテレビで確認することが当たり前となっている。また市町村レベルの自治体から発せられる猛暑日アラートによって学校の休講や運動活動停止についての発令が出ることも頻発している。
   ある疫学学者は、世界各国と東京都における気温上昇と犯罪件数の増加することの関係性について報告しており、暑さが人間の行動や心理面に与える一側面を深く懸念している (野村・村上, 2017)。これまで、さほど気にしなくて良かったはずの外気温が急激に高くなり、呼応する形で変化する体温によって人は様々なストレスを受けイライラを増大させる。この影響によって、日常生活からスポーツに至るまでパフォーマンス低下をもたらしていることは誰しもが理解しているところであろう。

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□研究エビデンスからの理解

   暑熱研究の第一人者である長谷川博教授(広島大学)は、暑熱環境下でのパフォーマンス低下要因について、以下のように2つの観点から説明している(長谷川, 2021)。

【暑熱下での高体温(熱中症)】

・末梢性疲労→エネルギー枯渇・神経および呼吸循環器不全・体水分の損失→運動技能の低下

・中枢系疲労→脳血流量低下・脳グリコーゲン低回・運動ニューロン不全→認知機能の低下

   それでは、ゴルフのような長時間運動で体温変化に対する影響を正しく理解しているヒトはどれだけいるのでしょうか?また、体水分量が3%-5%低下する範囲で、認知機能の低下・イライラ・めまいや脱力感など様々な症状を呈する危険性についても、理解しておく必要があります。
先の写真で示したように暑熱耐性に関する研究は、基本的に屋内の人工気象室で行われます。W-upは基本室温25度・湿度50%から開始し、設定した室温と湿度の中で運動強度を変化させます。その際は常に被験者の主観的状況も確認しながら、生理学応答のデータ測定を進めます。しかしながら、人工気象室は、運動できる空間の範囲が限られているため、自転車運動かトレッドミルでのランニングが中心となるのが課題といえます。
同論文内では、自転車運動時の運動継続時間を、環境温を40°, 20°, 3°で比較した重要な研究を紹介しており、3°であれば、1時間以上まで運動時間を延伸できることを紹介しています(左図)。また2011年までに行われた世界陸上における短距離から長距離種目における記録(パフォーマンス)について、当時の気温との関係性を調査したところ、25°以上となると、800m以上の種目では記録が大幅に低下していくことを明らかとしています(右図)。


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   つまり、環境温度が低ければ低いほど持久性パフォーマンスを上げるポジティブな要因になること。また約1分程度以上の連続運動(全力運動である400mを超える運動)となるならば、環境温が低い方が記録への貢献度が高くなることが伺えます。先の項でも示した通り、ゴルフは長時間UVの暴露を受けるスポーツである。またショット毎での歩行やランニングにともなう持久的な運動要素とショット時での短時間運動遂行能力の両方が必要となる。
さらに暑熱環境は中枢系の疲労による脳血流量の低下から認知機能の低下を誘引し、ゴルフプレー中のコースマネジメントにも大きな影響を及ぼすのは明らかである。またゴルフプレー中に随時起きるミスショットによるイライラは、寒冷時よりも暑熱時において、行動面により表出する可能性は否めません。

□スポーツ種目によって対策できることとできないこと

   仮にどれだけ事前の暑熱馴化と競技直前までの暑熱予防を講じたとしても、いざ長時間のゲームがはじまってしまえば、以下に示すように深部体温と主観的運動強度の漸増は止めることが出来ません(図. Miyazawa et al, 2021)。しかも、屋外スポーツの試合中では、ラボベースと異なり環境温が目まぐるしく変わるため、それに応じて身体を適切に冷却することは実質的に困難となります。それゆえ、熱中症リスクはプレイヤーに常につきまとう問題となります。特に、記録を争う陸上競技や水泳競技は止まることが許されないことや、サッカーなどボールが常に動き、タイムアウトが取れないチームスポーツでは、より身体冷却のためのブレイクタイムが取れないため十分な注意が必要である。

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□環境適応へのパラダイムシフト

   次の世代に向けた100年のスポーツ文化を見据えた場合、大規模なアスリート向けの競技会やイベント・一般人を対象としたスポーツアクティビティー・運動会にいたるまで、至適開催時期を、暑熱期間(7-9月中旬)を避けた形でパラタイムシフトする方策を探るべきではないでしょうか。その理由と提案を以下に示します。

   ・大前提として環境温度を10度程度にすれば、運動時間は倍以上に延伸できる。その貴重な時期をしっかりと把握して、重要なスポーツイベントや試合日程の適正時期を決定するべき。

   ・プレイヤーは、仮に日々の適切なトレーニングができているならば、暑熱耐性(至適な筋肉量・暑熱順化)を備えている場合もある。しかしながら、ゴルフ競技では大会運営者・グリーンキーパー・ボランティア・キャディーなど、暑熱耐性がそもそも備わっていない一般人(ギャラリー)を含む形で競技が行われる。その下支えする関係者への意識がない中で試合時期を設定しているのは安全配慮義務の視点から問題であるといえる。

   ・試合のレベルによってプレイヤーにかかるプレッシャーは大きく変化する。例えば、予選レベルの試合(1-2日間競技)は暑熱時期が終わる最後に設定し、よりプレッシャーのかかる上位試合(試合日数が3-4日間の多くなる大会やクライマックス)はその後の秋から冬に設定することで、平等で安全なフォールドを用意し、より本来のパフォーマンスを発揮できる条件を整えてあげることも望まれる。

   次の項では、各国におけるスポーツ現場における暑熱対策およびメジャースポーツ・大学スポーツ等でのスケジューリングについての社会学的考察を進めたい。

引用論文
1) 長谷川博. (2021). 暑熱環境下におけるスポーツでの暑さ対策. The Journal of Japanese Society of Science and Football, 16, 3-9.

2) Guy, Joshua H., et al. "Adaptation to hot environmental conditions: an exploration of the performance basis, procedures and future directions to optimise opportunities for elite athletes." Sports medicine 45 (2015): 303-311.

3) 野村実広; 村上道夫; 小野雄也. 東京都における気温上昇と犯罪件数増加の関係. 生産研究, 2017, 69.3: 171-175.

4) Taiki Miyazawa, Mirai Mizutani, John Patrick Sheahan, Daisuke Ichikawa. Intermittent face cooling reduces perceived exertion during exercise in a hot environment. Journal of Physiological Anthropology 40(12) 1-9 2021年8月



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