ジュニア(小学校期)編~身体リテラシーの育成 Vol.10
">【著者】鈴木タケル(日本プロゴルフ協会会員)、
一川大輔 (東洋大学 理工学部生体医工学科)
【監修】坂井昭彦(The 蔵ssic)
●テーマ:ストレッチングの真実
静的ストレッチングと動的ストレッチングのエビデンスを理解して使い分けよう
ストレッチングの代表として、静的ストレッチングが挙げられますが、これは安全で屋内でも可能な動作です。反動や弾みをつけずに、ゆっくりと筋肉を伸ばし、その状態でしばらく静止する最も基本的なストレッチングのことです。呼吸に気をつけながら繰り返すことにより、徐々に可動域が広げることも可能となります。一方、動的ストレッチングは屋外で行う上でよい動作であり、代表としてはラジオ体操、野球の前田健太選手が行うようなマエケン体操、サッカー選手が行うブラジル体操などが挙げられます。なお、ラジオ体操は今でも国民的体操であり、茨城県出身で1936年ベルリンオリンピックに体操選手として出場した経験を持つ、遠山喜一郎氏(当時、土浦海軍航空隊予科練の体育教師)が「動きの流れとつなぎ」を意識して、改変したと記録があります1)。戦後復興間もない日本国民に動的ストレッチングの重要性を自然と理解させるため、ラジオ放送を利用し広く普及させた功績は素晴らしいといえます。
静的ストレッチと動的ストレッチングの違いを踏まえる上で、静的ストレッチングが筋力や筋パワーに与える影響を分析した42本の論文における1606名のデータを系統的レビューにより再分析した研究を理解する必要があります2)。その結果、静的ストレッチを行うと、様々な筋機能(等速性の筋パワー、スクワットやベンチプレスでの最大挙上重量等)が有意に低下することが6割以上の研究で示されています(引用3の図1)。また垂直跳び・スクワットジャンプ・ドロップジャンプでの結果でも同様に低下する傾向が示されています(引用3の図3)。さらに全力疾走やランニングにおいては、記録の向上をもたらさない報告が殆どとなっています。
つまり、全力運動の前には静的ストレッチの実施は向いておらず、パフォーマンスも下がる可能性が高いことから、過剰に実施することで運動動作の制御に悪影響を与えて怪我のリスクを誘引することが懸念されます。しかしながら運動後であれば疲労回復の促進に繋がるため、障害の予防として有効と考えられますが、その場合も冷たい地面にからだが接した状態でストレッチングを行うと筋温の低下を招きますので、マットを敷いて行うなど注意が必要です。
一方で、10分程度の動的ストレッチングはパフォーマンス(シャトルランタイム、メディシンボール投距離、5段飛びの距離)を向上することが明らかとなっており、心拍数は100程度で、体温と筋温を上げることに繋げることを目標とします。具体的には、特に弾みながら肩や股関節を動かすようなバリスティックストレッチングが有効といえます(引用4: 下図参照)。
ゴルフの場合は、クラブを2本互い違いに持って、肩や股関節の捻転を行うことや、メディシンボールを持っての移動しながらのランジやペアでの投運動が具体的な方法として良いと思われます。
さらにゴルフのウォームアップに関して報告したレビュー論文では,現在の問題点と実用的な応用の仕方について述べています(引用5:※ウォームアップには体操やストレッチの他に素振りや打球練習も含まれています)。
・ウォームアップは怪我の予防とパフォーマンス向上に役立つと認識されている一方で、対象者により差異はあるが35~71%の人がウォームアップをまったく実施せずにコースに出ている実情がある。
・常に10分以上のウォームアップをする人は、一般ゴルファーでは17%、プロは42%であり、HDCPの低いゴルファー程、ウォームアップに費やす時間が長い傾向にある。
・多くの論文から、怪我のリスク低減とショットパフォーマンス向上が報告されている。
・特に動的ストレッチストレッチを用いた場合、距離に対しての影響が大きいクラブヘッドスピードと方向性に影響の大きいスマッシュファクター(ミート率)の向上がみられた。
・多くの論文からウォームアップでは、動的ストレッチの有効性が報告されているが静的ストレッチの有効性は報告されていない。
・ウォームアップでは、静的ストレッチを避け、動的ストレッチまたはそれに等しい運動や体操を行うことを推奨する。
以上のことが記されており、ラウンド前のウォームアップに関して、静的ストレッチと動的ストレッチを比較した場合、研究の世界では圧倒的に動的ストレッチが優れていることが報告されています。しかしながら、ほとんどの研究設定は、静的または動的ストレッチ後に比較するのは最大出力で行うショットでの比較です。そのため繊細な出力調整や精神の動揺が結果に大きく左右すると考えられるパッティングやアプローチに関しては検証されていません。例えば、大切な試合前の過緊張状態では、深呼吸を入れながら静的ストレッチやヨガまたは瞑想(meditation:メディテーション)などを取り入れることで副交感神経を刺激してリラックスすることの方が有効となる可能性も考えられます。ゴルフでは、最大出力だけがスコアを決定する要因ではないため、様々な手法やプロトコルが考えられ、個別性や状況に応じた方法を探していくことも重要です。
参考文献
1) 茨城県庁HP(情報042:ラジオ体操…茨城県出身の遠山喜一郎が作った動きとリズム)https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/kenmin/hakase/info/42/index.html, 2020/10/21 閲覧
2) Behm, D. G., & Chaouachi, A. (2011). A review of the acute effects of static and dynamic stretching on performance. European journal of applied physiology, 111(11), 2633-2651.
3) 市橋則明. (2014). ストレッチングのエビデンス. 理学療法学, 41(8), 531-534.
4) Karīna Līdaka, Difference Between Dynamic and Static Stretching, https://treinio.com/blogs/news/difference-between-dynamic-and-static-stretching, 2020/10/21閲覧
5) Ehlert, Alex; Wilson, Patrick B.(2019). A Systematic Review of Golf Warm-ups: Behaviors, Injury, and Performance.Journal of Strength and Conditioning Research, Volume 33 - Issue 12 - p 3444-3462.