熊野陽人[博士(体育学)]
①コーチとは?
スポーツにおいて「コーチ」とは、様々な専門的立場からアスリートをコーチングする(指導する)人たちの呼称です。S&C(ストレングス&コンディショニング)コーチ、メンタルコーチ、陸上競技だと短距離コーチ、跳躍コーチ…、ヘッドコーチ、アシスタントコーチなどなど、その役割は様々です。アスリートのフィジカル面・メンタル面を強化する、プレーやパフォーマンスに対してアドバイスや指示を与える、あるいは戦術・戦略を判断して采配することがコーチの仕事です。ですが、あくまでもスポーツを行う主体はアスリートであり、コーチはアスリートにコーチングという働きかけを行うことで、プレーやパフォーマンスに間接的に関与することになります。そのため、コーチという立場はアスリートが存在して初めて成り立つ立場です。アスリートという太陽に照らされて初めて光る「月」のような存在、とでも言えるのではないでしょうか。最近はアスリートファースト(選手第一)や、アスリートセンタード・コーチング(アスリートを中心に考えた指導)の必要性が叫ばれていますが、そもそもコーチとはどういう存在なのかという根源的な部分を考えると、アスリート第一、アスリート中心ではないコーチ像やコーチング観は本来あり得ないはずです。
では、コーチとアスリートという関係はどうやって成立するのでしょうか?「今日から僕があなたのコーチです」と宣言すれば完了でしょうか?現在の日本では、アスリートとコーチがお互いに了承すれば、コーチとアスリートの関係が成立することが大半です。この場合、コーチという肩書は概念的であり、「職種」あるいは「プロフェッショナル」な立場ではないことが多く、何らかの契約や辞令発令などが伴うことはあまりありません。ここが、日本におけるコーチの「責任」と「権限」のバランスにおいて難しいところです。海外ではコーチが職業のひとつとして成立し、コーチングで生計を立てているプロフェッショナルなコーチが数多くいます。そのため、コーチとアスリートは契約関係にあり、コーチングに対して対価を支払うため、当然ながらコーチングに対しての権限と結果に対しての責任がコーチには与えられます。一方、いわばボランティアコーチが多い日本ですが、コーチング内容と結果に対しての「責任」は大きく負わされる傾向にあります。本来、何らかの契約関係があり、コーチングにたいして見合った対価が支払われる場合、コーチングとその結果に対して責任を負うと同時に、様々な事を決定する権限が与えられるはずですが、日本ではそのようになっていない現状がまだまだ多くみられます。このように、ある意味特殊なコーチの位置づけが慣習的になされており、コーチという立場をどうやって社会的にプロフェッショナルとして確立していくか、これからも日本のスポーツ界にとって大きな課題です。
スポーツ種目によって、1人のコーチがフィジカルトレーニングやスキルトレーニング、メンタル面のサポートからチームマネジメントまで全て行う場合もあれば、ストレングス&コンディショニングコーチ、戦術コーチ、ポジショコーチ、メンタルコーチなどと分業を行っている場合もあります。ただ、例え分業していようがいまいが、どんなスペシャリティを持ったコーチでも等しく求められる能力は、自由自在に「変化(へんげ)する」能力です。競技の技術や戦術に長けた職人的なコーチであることは言うまでもありませんが、同時にエビデンスを基に突き詰める研究者のような側面も必要です。また、ある時はアスリートと志を同じくする仲間、家族のように寄り添う存在、叱咤激励するモチベーター、アスリートやチームを経済的に管理する経営者、事務的な作業を行うマネージャーなど、まさに百面相のように場面に応じて様々な役割に変化し、アスリートをサポートすることが求められます。ただし、複数のコーチがいる場合、コーチングの“テリトリー(専門領域)”を越えて色々な役割を果たすというわけではありません。あくまでも自分が専門とし責任があるテリトリーの仕事をプロとして全うし、必要とあれば様々な役割を果たせる準備をしておくことが大切です。
②コーチングのテリトリー
③トレーニングや練習の「文脈」を掴む
④コーチングのフィロソフィー
⑤経験と科学とコーチング