⑤経験と科学とコーチング

スポーツ“現場”と“科学(研究)”の乖離が大きいと言われて久しいですが、本当にそうなのでしょうか?まず、前提として、スポーツ現場におけるトレーニングや練習に科学が用いられていないということは、まずあり得ません。筋力トレーニングの種目選定や強度・頻度の設定、効率の良い動作を基にしたスキルやテクニック練習、トレーニング計画やピーキングの手法など、先人の誰かが科学的に明らかにした知見(転じて原理・原則)を基に、我々のスポーツ活動は基本的に成り立っています。アスリートの食事・サプリメントの内容、日常的な身体のケア、ケガをした時の治療やリハビリなど、全て科学的根拠に基づいた情報が当たり前のように用いられています。つまり、本来はスポーツ現場と科学は切っても切り離せず、一体となっているものです。

 では、スポーツ現場の“何”と科学の“何”が相容れないのでしょうか?現場でのコーチングでは、経験や勘、感覚などが重要であり、科学的知見は直接現場に落とし込めない、などとよく言われます。逆に、科学界では、コーチやアスリートの経験や感覚・勘は極めて主観的で曖昧であり、アテにならない(あるいは再現性に乏しい)などと言われたりします。要は、科学的知見や主観的な情報を扱う「人間」の問題です。人は自分が理解できないものや未知なるものを、「役に立たない」「間違っている」としてしまう時があります。しかし、この考え方は自分をレベルアップするチャンスを逃してしまい、非常に勿体ないといえます。たとえ基礎的な科学的知見であっても、アスリートの言語化し辛い抽象的な感覚言語であっても、パフォーマンス向上に役立つヒントが必ず隠されています。スポーツ現場でコーチングを行うコーチは、自分にとって“異物”と感じられるものを即座に排除するのではなく、まずは理解できるように努め、何とかヒントを見出す努力をすべきだと思います。コーチは科学的知見アレルギーに、研究者は主観的情報アレルギーになるのではなく、互いに歩み寄って理解しようとする態度が重要です。日本のスポーツ科学はとても優秀で、コーチングの繊細さと緻密さは世界トップクラスです。その一方で、互いが互いに歩み寄る努力がまだまだ足りていません。現場で得られる主観的な情報も、科学的知見も、それら自体は何も悪くありません。情報を扱う我々人間が、もう少しクレバーになる必要があります。コロナ禍でどうなるかわかりませんが、東京オリンピック後に日本スポーツ界は大きな転換期を迎えるはずです。偉大な日本の先人たちが作り上げてきた、「経験と科学」をさらに発展させ、世界に通用するコーチングをさらに追及していく人が1人でも増えることを願っています。


①コーチとは?

②コーチングのテリトリー

③トレーニングや練習の「文脈」を掴む

④コーチングのフィロソフィー