③トレーニングや練習の「文脈」を掴む

 適切なコーチングを行うために、アスリートを継続的に観察することが大切です。図のAとB、CとDのように、時点は異なりますがパフォーマンスレベルとしては同じように見える場合があります。Aの時点ではパフォーマンスは向上途中であるのに対して、Bの時点はパフォーマンス下降途中です。この場合、動きの良し悪しや測定した数値は一見同じに見えますが、実はパフォーマンスの推移に関する文脈が全く異なり、最適なコーチング内容は両者で全く異なるはずです。Aの時点では課題の克服が不完全な状態で、パフォーマンスレベルが不十分であったとしても、パフォーマンス改善の途上にある事が分かっていれば、新たな克服課題を課すのではなく経過を見守りながらトレーニングや練習を現状維持するといったコーチングが選択されるはずです。またBの時点では、悪くないと評価できるパフォーマンスレベルであったとしても、パフォーマンスの下降途中にあることが分かっていれば、積極的に動作の修正を行う、あるいは基礎体力の向上を図る、休養を多くとって回復に努めるなどの選択肢が考えられます。続いてC、Dの場合も同様で、絶対的なパフォーマンスレベルで見ると良い状態だとしても、パフォーマンスのピークなのかボトムなのかを判断できれば、選択されるべきコーチング戦略は変わってくるはずです。しかし、このようなコーチとしての判断は、フィジカルトレーニングや技術的練習をどのように積み上げ、どのようなパフォーマンスの変化を辿っているのか、継続的に日々観察してアスリートの状態を把握していないと困難です。たとえ毎日観察することができず定期的な観察であったとしても、トレーニングの様子を動画で小まめに確認する、頻繁に電話やLINEなどでコミュニケーションをとるなど工夫し、出来うる限り日々の細かな状態をコツコツと拾ってパフォーマンスの変化を把握することが、効果的で適切なコーチングにおいては重要です。

 一方、スポット的なパフォーマンスの観察は、固定観念に縛られないパフォーマンスの評価が可能なことも多く、継続的な観察では気付かなかった課題が発見されることもあります。中央競技団体の強化指定選手であれば強化合宿、あるいは他チームとの合同練習会などに参加する場合、アスリートの所属チームの専任コーチではなく、他の強化担当コーチがコーチングを行う場合があります。このような他のコーチによるスポット的観察は、アスリートにとって、日常的に観察している専任コーチとは違った観点でパフォーマンスを評価される機会になり、新たな課題の発見になる可能性が大いにあります。よって、専任コーチによる継続的な観察が最も重要であることに間違いはありませんが、他のコーチによるスポット的観察も上手く利用することで、新たな課題を発見する機会も重要であるといえます。


①コーチとは?

②コーチングのテリトリー

④コーチングのフィロソフィー

⑤経験と科学とコーチング