熊野陽人[博士(体育学)]
②コーチングのテリトリー
コーチングにおいて常に意識をしておくべきことは、「テリトリー」が存在するということです。コーチ契約を結んでいる(あるいは在籍する)アスリートやチームに対して、コーチングを行うことでアスリートのパフォーマンスやチームの勝敗に影響を及ぼします。この結果がポジティブであろうとネガティブであろうと、コーチングの内容とその結果に責任を負うわけです。ただ、コーチングに対して責任を負うことになるのは、あくまでも自分が契約しているアスリートやチームという「自分のテリトリー」に対してのみです。裏を返せば、自分のテリトリー以外のアスリートやチームに対して、コーチングをする権利も責任もありません。コーチからの声掛けやアドバイスには大きな影響力があり、アスリートのパフォーマンスを左右します。つまり、アドバイスすることが全てプラスに働くわけではないということです。コーチは良かれと思ってアドバイスしたことが、アスリートのパフォーマンスを崩すきっかけになることも十分あり得ます。コーチの言葉は「諸刃の剣」です。日本のスポーツ界では、良くも悪くもコーチングのテリトリー意識があまり根付いておらず、コーチが他チームの選手に声を掛けアドバイスすることが多々あります。しかし、日常的に観察していないアスリートのパフォーマンスに対して適切なアドバイスを送ることは至難の業であり、声掛けの動機が「善意」であったとしても、「お節介」になることもあります。気づいたことや正しいと思ったことを全てアスリートに伝えるだけが、コーチングの正解ではありません。適切なアドバイスとは何か、コーチは常に自問しながらコーチングを行う必要があります。仮に、他チームのアスリートからアドバイスを求められたとしても、不用意にアドバイスを行ってしまわないように慎重になるべきです。コーチングのテリトリーを侵さない・侵させないことは、コーチングを行う際に忘れてはならないことです
また、強化合宿・選抜合宿でコーチを務める場合、依頼受けて他チームでスポット指導を行う場合は、できるだけ各アスリートの専任コーチへ連絡を取って状況を確認し、アスリート自身とコミュニケーションを取ってトレーニングの文脈を掴むことが重要です。例えいくら事前に情報を収集したとしても、日常的に見ていないアスリートの動きのクセや特徴を掴むことは難しく、他チームのアスリートにアドバイスすることは容易ではありません。自信なさげにコーチングをするのは良くありませんが、自分のテリトリー外でコーチングをする場合、慎重にコーチングすることも大切になってきます。